学術文章を書く際には「Academic Writing」(アカデミック・ライティング)の技法があります。
これは論文などの学術文章を執筆するに当たっての書式技術を意味します。
同様に、欧州系の伝統的作曲にもその執筆技法は存在します。
これが「écriture」と呼ばれるものです。
即ち英語の「writing」と仏語の「écriture」は、ほぼ同義語と言えるでしょう。
仏語の「écrire」(エクリール)は「書く」という動詞であり、
「écriture」(エクリチュール)は「書く行為」の女性名詞となります。
作曲技法における「écriture」の細目は「和声法」、「対位法」、「フーガの書式」などが挙げられます。
上記の作曲的執筆技法を表す「écriture」という概念について、
パリ音楽院で学ばれた先人の作曲家 故 尾高惇忠氏(1830-1901)は、
現代の我々に以下のようなサジェスチョンを示されています。
「いわゆる”エクリチュール”(écriture)が、作曲家を目指す者にだけではなく、
すべてのジャンルの音楽家にとって不可欠なものである、とする
フランスの伝統的な教育観(1.)」により、パリ音楽院では作曲家の学生のみならず
指揮科、器楽科、声楽科の学生などで講義室は賑わっていると言われます。
しかしながら、わが国の音楽を志す同志にとり、上記のフランスの伝統的音楽教育感は
余り根づいていない現実が浮き彫りとなろうかと思います。
尾高氏は更に以下のように述べられます。
「このような[「écriture」を学ぶ]姿勢は残念ながらわが国の音楽教育の場において
いまだ十全とはいえないが、今後、エクリチュールの意義、重要性を感知し、
習得を目指す学生諸君にとって、本書[『和声課題50選 -著者レアリザシオン篇と
課題篇』]がその一助となることを強く願う次第である(2.)」と
上記の課題集の前書きに明記されています。
こうしたフランス式音楽教育観で育った私は、この一翼を担う「和声学」に
焦点を当て、音楽を書いてゆく作業における執筆技法、即ち「écriture」の
徹底した研究に軸足をおいた上で、皆様方にその技術をお分けできればと考えています。
そこで当レッスンのモットーは、
【零- zéro- からのエクリチュール
– L’écriture à partir de zéro -】とし、
どんな初歩からでも音楽を書いてゆく書式を学べるよう、
常に工夫を重ねております。
こうした先達の言葉を胸に、音を編み込んで練り上げてゆく「音創造世界」を体現する「和声学」の世界に、これから一歩踏み出してみませんか?
【参考文献】
1.) 尾高惇忠 著. 『和声課題50選 -著者レアリザシオン篇と課題篇』. 全音楽譜出版社. (2020年3月25日).-